文章のうまいヘタは誰が決めるのか?
「あなたは、時々『プロの書き手』と自称するけど、
実際、そんなにうまくないんじゃないか?」
「そう思いますか?」
「わかりやすく書こうとしているな、とは感じます」
「あまりにも、幼稚?」
「読者に配慮している気配りは、感心します……」
「でも?」
「でも、読者はそんなにバカじゃない。漢字だって読めますよ」
「ひらがなやカタカナが多すぎる?」
「ま、『漢字を開く』ということなのでしょうけど……」
「キャッチコピーのチカラを過信して、フレーズが多い?」
「それは感じますね。もっと丁寧にしっかり説明してほしい」
「情報として足りない?」
「というか、論理的な書き方になってない」
「全体的に説明不足?」
「かなり乱暴に省略していますね。そのくせ、『若草は』を強調する」
「『若草は』の連発で、自意識過剰に感じる?」
「誰の発言なのか、という点を明確にする意図なのでしょうけど」
「誰が、何をしたのかは、読みとれるということ?」
「う~ん、そういうことか。主語をハッキリさせる意図ですか」
「ところで、若草の文章はうまいですか? ヘタですか?」
「ヘタとは言えませんが、うまいとは思いません」
「ありがとうございます。それが、正しい評価だと思います」
「まさか、『ヘタではないが、うまくもない文章』を目指しているのですか?」
文章がうまい、ヘタというのは、常に読者によって評価される。
書き手は、書くだけ。
評価は、読者。
あなたが、「これはヘタだ」と思ったら、
それは、「ヘタ」なんです。「ヘタ確定」です。
文章のうまいヘタは、その中身、内容と、あまり関係ない。
文章なんてものは、メッセージを伝える道具にすぎない。
手紙でいうなら、封筒とか切手に当たる。
うまかろうが、ヘタだろうが、
住所を書いて、料金分の切手を貼れば、相手に届く。
相手に正確に届けることが、本来の目的だ。
中に書かれた手紙の内容は、
封筒や切手の役割とは、関係ない。
主張や意見の正しさと、
文章とは関係ないのだ!
| 読み手志向の「書く技術」で成果をつかみ取る (ハーバード・ポケットブック・シリーズ 9) |
|
![]() |
高橋 研 上坂 伸一 柴田 さとみ
ファーストプレス 2008-04-19 おすすめ平均 |
その封筒が相手に届けば、文章はその役割を果たしている。
ヘタとかうまいとか、どうでもいいんだよ。
どうでもよくは、ない!
トラックバック URL :
コメント (2)
